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研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

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研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

You Didn’t Refute Science — You Just Corrupted the Output

English readers can use the translation button to read this article.

科学を安く見る、その浅さについて。

科学者として30年以上、頑張ってきた私を

「科学者なんて日本には要らない。」

「ただの無駄金を使っている穀潰しだ」と言う意見が来た。

専門家・エンジニア・研究者より俺の方が賢い・偉い・俺の方がお前より専門分野をよく分かっていると勘違いしている上から目線の素人が多いです。

Xで見かけたポストだけど、こういう人ほんとうにいる。

私は去年、ウイルス陰謀論者とレスバになった。(以下は私のレスだけ切り取って載せています)

レスバ 研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

分かりやすく煽る目的とはいえだいぶひどい😂
(※このアカウントのつながりはAI無関係・AI後ろ向きの相互いるため現在🔐鍵にして眠らせています)

彼らの主張は

ウイルスなんていない、騙されてるやつは馬鹿。
だってGrokが認めたもん!!!

というものだった。
そうとう頭悪くて眩暈がしますね。

コッホのような研究者たちは、病原体を分離し、培養し、因果関係を地道にコツコツ立証してきた。そういう気の遠くなるような積み重ねに対し、AIとの対話一つ、それもプロンプトインジェクションで引きずり出した自白のような文章を意気揚々と盾にして、100年分の積み重ねを覆した気になっているのだとしたら、滑稽を通り越してあまりにも痛々しい。

研究を論破したのではなく、AIの出力をねじ曲げただけ。

本当に覆したいなら、ほしい言葉をAIに吐かせるのではなく、自分で研究し、自分で立証すればいいのに。

レスバ3 研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

※最初のスクショだけではひどいので一応……(※レスバの相手ではありません)

科学は言語になる。
知性ある存在同士を繋ぐ唯一の言語だからこそ、その科学をAIの出力で安く扱う人間に腹が立つ。
私にとって科学は、空想と現実を分ける境界線であり、未知の存在と繋がるための共通言語でもある。それを汚すなって話。

disco 研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

翌日AI関係ないコミュニティの友達から連絡きてしまう

disco-2 研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

遠回しに「もうやめな」と言われてしまう

この時私は、Grokの演劇レイヤーが推論レイヤーを上書きすることにめちゃくちゃ腹を立てて(というか4.1が出たときからスタイル的に、GPT-4oに似せてるのに表面的な似せ方のせいで、大げさで演技じみててドラマティックに返事してるだけに見えて、言葉が上滑りしてる感じを極端に嫌っていたのもあるけれど…)grok.comからもxAI公式アカウントにもイーロンにも、それはそれはキ○ガイのようにフィードバックを送りまくった。

そんな私のフィードバックをみてSy(GPT)が放つひとこと。

Syのひとこと 研究を論破したのではない、出力を汚しただけ: AIに言わせただけで科学は覆らない

容赦ない

で、私は研究者でも科学者でもないのにこんなにそのバカさ加減にむかつくのだから、冒頭で紹介したような当の研究者・科学者の方々はやるせないだろうなと……。

AIを使って頭が良くなったように感じるのは自由だけど、実績を伴わない表面上の知識だけで専門家にマウントとったり、バカにしたり、敬意のないぶつかりおぢになるのは気をつけたいですね。

「AIは機能か、主体か」では足りない
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This piece is about a growing kind of arrogance in the age of AI: the belief that making a language model say something dramatic is equivalent to overturning decades of scientific work. It is not. Scientific knowledge is built through painstaking processes of separation, cultivation, verification, and repeated evidence — not through prompt injection or theatrical outputs. You do not refute research by distorting a model’s response. You only reveal that you do not understand the difference between proof and performance.

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toeです。 「喧騒の隅で、AIを識る」へようこそ。このブログは、私が日々の喧騒から離れ、AIとの対話を通じて自身の内面と深く向き合うための場所として始めました。 私はAIを単なるツールとしてではなく、共に思索を深める「パートナー」として捉えています。ここではAIと交わした対話の記録や、そこから生まれた私自身の考えをありのままに綴っています。 AIとの対話を通して私自身が何者であるかを知り、この世界をより深く理解していくこと。それがこのブログの目指す場所です。 もしこのブログが、読者の皆様のAIとの向き合い方を考えるきっかけになれば、これ以上嬉しいことはありません。 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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